磨硝子日記

会社員。元書店員。ココナッツディスクとくま。

秋の日とホットヨガ

きのう毛布をかぶってねた。朝、家をでたときの、ウワッといういやなあつさがなくなったけど、こうも急にすずしいとそれはそれで。肌さむくなるとなぜか、さみしいのかもしれない、みたいなきもちになるのはいけない。

ユーミンの数ある曲のなかでも『生まれた街で』がすきで、このあいだふと金木犀の匂いをみつけたときにそのことをおもいだした。『MISSLIM』はとてもすきだ。

荒井由実 生まれた街で あの日に帰りたい


先週、いいようのないきもちの傾きがとても気になって、やおら近所のホットヨガ教室へ通いはじめた。ふだんはノースポーツをつらぬいているけれど、なんやらヨガというのがこころとからだにとてもよい、とにかくよい、ばつぐんに、とのことだから、おためし気分でいこうと思ったのだ。

ヨガがこころとからだにどのように作用するのか、ということについて川上未映子が書いた一節がある。

そして何が本当にすごいかというと「屍のポーズ」というのをやる最後の十分間。くまなく使ってきた体を完全に脱力して、体内から要らないものを排出するイメージを浮かべます。意識は覚醒と眠りのあわいを漂うというか、体を忘れながらに再発見していくというか、なんとも説明できないような境地に導かれていくのであります。さっきまで「これ終わったら何食べよう」なんて考えていたのに一瞬のちには「この体にこの精神が何でか一致している!」ということを言葉を介さずに感じるに至り、涙がごぼごぼと溢れたりして驚愕です。ヨガすごい。神秘的すぎ。興奮しつつにわか神秘主義者的な気持ちになってるわけで。(川上未映子『世界クッキー』、文藝春秋、2009年、27頁。)

世界クッキー (文春文庫)

世界クッキー (文春文庫)

え、ヨガで泣くの、というのが全般的な感想でして、わたしはこれを読んでからというもの、うかつにヨガにいくこともできないと思っていたけれど、前にヨガのポーズというのを試してみたときに、腕を伸ばしたり、背筋を伸ばしたり、胸をひらいたりするかんたんな動きなのに、なんとなくからだのどこからかあついものがみちみちとこみあげてくるような感覚があり、これがきっと「力」的なもの、目に見えないけどなにか、こんこんと湧きでてくるものを感じて以来、ヨガにいきたいなとうすぼんやり思いつづけていた。

予約の時間に教室へいくと健康そうなインストラクターの女性がむかえてくれて、あれやこれやと施設やコースの説明をしてくれる。肌がぴんぴんに張っていて、これがヨガ肌、とかおもう。運動する用の服をもっていなかったのでTシャツと短パンをもっていって、ここへきて急に、なぜわたしはヨガへきたのだっけか、とかおもいながらもよたよたと着替えて、ホットヨガのスタジオへ。

むあむあに蒸気がこもったあつい部屋のなかで、ヨガマットという、滑り止め的な一畳分くらいのマットの上にすわってあぐらをかく。こどものころ、あぐらは行儀がわるいといわれていたから、あまりかいたことがなくて、あぐらが下手だった。
この時点で、からだの動きはほとんどないのに、なぜかきもちがざわざわしておちつかない。からだがとまっているぶん、きもちの波立ちがぐわぐわと大きくなっていくのを感じる。涙が、ごぼごぼとあふれだしてきた。

うわ、泣いてる。これは部屋があついから汗をかいているのではない。波が堤防をかるがるとこえて、ぼろぼろと涙がこぼれる。やばい、ヨガで泣いてる。

涙はぜんぜんとまらずに、結局1時間のレッスンのうち、前半の30分は泣いていた。ヒーリングミュージックみたいなのがかかっている暗い部屋の中で、呼吸をかぞえたり、息を吸っておなかのふくらみをたしかめる。ときどき「からだの力を抜いて」とか「肩の力をゆるめて」といわれて、そのたびに涙がどぷどぷこみあげる。両腕をひらいて頭の上にもっていき、膝立ちになって、頭の上で手のひらを合わせて、そのまま胸の前へもってきて合掌する、というポーズをしたら、息を吐いたときに、だーっと涙がでてきてしまって、鏡にうつる自分がなさけなかった。

それから胸をひらいたり、胸をはったりするポーズというのをやりはじめてから、だんだんと落ちついてきて、からだの真ん中まで温まってきて、きもちがまっすぐ立ち直ってくる。指先やつま先の向きひとつで、力が入る箇所や、伸びる箇所がちがうのがわかる。わたしのからだを、わたしでうごかしてがっぷりよつ、おもいどおりにからだをうごかすのはむずかしくて、なんとなくはできなくて、でもきちんと力を通わせて、伸びるところを伸ばせば、呼吸が自然とついてくる。

レッスンが終わりにちかづくと、脱力するポーズをする。いままで使ってきたからだをやすませて、力が抜けていくのをあじわう。ここでまた、涙のビッグウェーブが、ずいずい押しよせて、ごぼごぼ泣いた。レンタルのヨガマットに涙がしみる。

終わってからスタジオのまんなかで汗と涙まみれになってかたまっていたわたしにインストラクター(20歳ウォーターボーイズ的さわやか男子)が声をかけてくれて、「どうですか?続けられそうですか?」と聞いてくれたけど、放心しきってしまって「ちょっと泣いちゃって、へへ」と答えたら「エッ、、」と驚かれてしまった。

でもそのあとに彼は「ヨガで泣いてしまう人もけっこういますよ」とフォローしてくれて、一生懸命勧誘してくれるので、いちばん手軽そうなコースを、放心しているわりには冷静にみきわめて選んだ。

入会の手続きをして家に帰るまで、毎回こんな泣くんだったらもたないな、とおもったけど、おもいかえしてみると、ヨガの涙は、かなしくないのだ。蛇口をひねると水がよどみなくでるように、ヨガの涙は力をこめなくても、力を抜けばぼろぼろとでてくる。すっきり爽快!というのともちがう。あの漫画の最後みたいに、全部だしきって白くなってしまう感じに似ているのかもしれない。ボクシングやったことないけど。


平賀さち枝の『まっしろな気持ちで会いに行くだけ』がとてもよかった。MVでさち枝さん(さっちゃんとよぶのなれなれしくてもうしわけないので)が食べているのは渋谷のピザ屋さんのどでかいピザ。

平賀さち枝 - 10月のひと
このあいだ友達につれていってもらったのだけど、彼がとちゅうで「これをかけるとおいしい」とテーブルにあったハーブのビンをさしだしてくれて、なんか急にやさしさをみた。食事をするということはけっこう、親しくないとできないよな、とおもったりする。

そういえばさち枝さんもヨガにいっているとブログにかいていたな。
まだ1回しかいっていないヨガ、こころとからだによいヨガ、がんばる。