磨硝子日記

すりがらすのブログ

シャムキャッツ『Friends Again』のこと

1年前の今ごろ、EP『マイガール』の発売と自主レーベル TETRA RECORDSの立ち上げが発表された。わたしはただのリスナーなのでバンドになにが起こったのかわかるはずもなかったけれど、なにか重大なことが起こってバンドの流れが変わろうとしているのはわかったので、去年の7月はできるかぎり夏目くんの弾き語りやトークショーへ行って、少しでもレーベル立ち上げについて語るんじゃないかと、言葉の端々をつぶさに聴いていた。しかしながらご存じのとおり、漢のなかの漢 夏目くんは、あまり多くを語らなかった。

そして発売された『マイガール』、吉祥寺スターパインズカフェでの「TETRA RECORDS presents ワンマン公演『ワン、ツー、スリー、フォー』」をはさんで、秋にでたEP『君の町にも雨はふるのかい?』を聴いて思ったのは、バンドがとても生命力にあふれている、ということだった。野性味、力強く生きていこうとする意志、汗くさくて泥んこの感じ。夏目くんのストーリーテリングが魅力的なEP表題曲『君の町にも雨はふるのかい?』を聴いてみても、『AFTER HOURS』『TAKE CARE』を聴くときの、手をかけて製本された、水彩画のうつくしい絵が描かれた絵本を1ページずつ丁寧にめくるような体験とはまた違うのだった。そのことは『すてねこ』を聴けばあきらかだ。


シャムキャッツ - すてねこ (Music Video)

はじかれたピクルスのような すっぱい俺にかじりついて
まん丸の目で喉を鳴らす 事務所に履歴書でも送ろうか?

転がって転がって転がって息を切らすだけ
引っ掻いて傷つけたくせに悲しい顔して泣いて眠るのだ

転がって転がって転がって転がって転がって
引っ掻いて引っ掻いて引っ掻いて引っ掻いて引っ掻いて
牛乳飲んで 大きくなって 好きに遊んで 好きに眠るのさ

バンドの人生を大きく変えるできごとへの動揺と、どこかふっきれたように前を向いて進もうとする力強さ。その狭間で揺れうごく感情。いまから思えば、前作のアルバムと今作の過渡期といえるのかもしれないけれど、とにかく2枚のEPはすべてばらばらの曲で、そのことは『AFTER HOURS』『TAKE CARE』で知っている“コンセプチュアルなシャムキャッツ”とはあまりにも違ってけっこう驚いていたというのが、わたし個人として、いま言える本音である。

そうして今回のアルバム『Friends Again』の発売を知る。夏目くんは去年の夏ごろから、アルバムを出しますと言っていた気がする(早い)。突如アップされたTeaserと、スカイブルーのシャツを着た4人。
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意味深に小出しにされるTeaserにはすこしじりじりしたけれど、メンバーの口から語られるこのTeaserをみて、なにかぴんときた気がした。

シャムキャッツ - New Album『Friends Again』Trailer: New Standard
そうか、「New Standard」か。

アルバムタイトルの『Friends Again』は、いろいろな意味にとれると思う。メンバーもいろいろなところで、このタイトルがどういう意味なのか聞かれていると思うし、そして答えるのむつかしいと思っているんじゃないかと、勝手に想像している。ただ、単に「友達に戻りたい」とかいうわけじゃないと思う。

そうしてわたしなりに考えてみたけれど、たとえば、軽音楽部で友達同士あつまって初めて音を重ねるような体験を、大人になった4人がもう1度やってみようという意気込み、というのはどうだろうか。自分は自分のパートを全うする、そうして4人の音を束ねて、1つの音楽をつくる。誰が欠けてもいけない、4人でひとつという最小単位で、こんなにもできる。シャムキャッツが今作で言いたかったことはそういうことなんじゃないかと思う。

それは夏目くんが他の3人と同じ青いシャツを着ているというところにも表れていて(半袖なのはなんというかきっとビジュアルのバランスの問題で)、今までの“夏目くんがぐいぐいひっぱるシャムキャッツ”ではなくて、夏目くんが歌とギターという「パート」を担当していることを象徴しているのではないかと。菅原さんが3曲歌っている、それも、ありふれた日常へ愛あるまなざしを注いだ『Four O'clock Flower』と、日常の景色と文学的な表現が交錯する『Riviera』という対照的な2曲、それに『Ground Scarf』という原曲をもとに夏目くんと共作した『October Scarf』。シャムキャッツは夏目くんと菅原さん、どちらも歌うんだなと思った。

ゆうちょ銀行TVCM メイキングムービー

わたしはいつも、初めて曲を聴くときはかならず歌詞カードをみている。今作は歌詞がとても良いと思った。
誰がなんと言おうと傑作、菅原さんの『Four O'clock Flower』『Riviera』、胸きゅんの夏目くん節が炸裂している『Funny Face』『Lemon』、MVが公開された時から話題になっていた『Travel Agency』。

シャムキャッツ - Travel Agency (Lyric Video)

明日風が吹いたら 西でも東でも
なんとなく行きたい方へ あったかそうな場所へ

君だって思うだろう もっと楽しくなるよ
恋人に触れるように 暗闇に手を伸ばせ

「スケベでいたいね」というキラーフレーズにしびれるのはもちろんだけれど、そもそも『Travel Agency』って旅行代理店である。旅の行き先を指し示してくれて、できるだけ良いほうへ導いてくれる案内役である。最初に公開されたこの曲のMVが、なにかこのアルバムの行きたいほうへとリスナーを導いていく役割を担っているような気がしてならない。

今作を聴いて、なにげない日常の景色を、愛情や友情を、こんなにもうつくしくさらりと切りとれるバンドはシャムキャッツしかいないと確信した。これを書くための羅針盤としたMikikiのインタビューでの、夏目くんの言葉がとても印象的だ。

夏目「〈Friends Again〉は〈友達同士のバンドとして曲を作ろうぜ〉というテーマでもありつつ、もっと最大公約数的な言い方をすると〈いちばん近くの人のことをちゃんと見てみよう〉ということなのかなと思うんです。隣にいる人のことでさえ、何を考えているかわからない時代だから」

手を伸ばせば触れられそうなほど、まつ毛の先まで見えるほど、近いところにいる「隣の人」。ありふれた日常のなかで、近くの人を見つめよう。肩の力を抜いて、シャムキャッツがわたしたちに語りかけてくれる。

mikiki.tokyo.jp

シャムキャッツ - Coyote (Music Video)