磨硝子日記

すりがらすのブログ

処暑をすぎても

暑い日はつづく。
あんまり暑いので、髪を切った。全体は伸ばそうと思っているので、前髪と、後頭部のたくさん髪をたくわえているところだけ。

髪を伸ばしながら切るって、もう字面だけでも矛盾があるけれど、美容師さん的にも悩ましいのらしい。あんまり切ると全体が伸びていかないし、かといってただ美容室にいかずにほったらかしで伸ばしておけばいいというわけでもない。とくにわたしのようにマッシュヘアにしていると、すこし伸びただけで全体のデッサンがくるってしまうのだそうだ。なので、1か月に1度美容室へいっては「伸ばしたいのです、切ってください」というとんちを披露して、それであっても美容師さんは、みごとに伸ばしていくときに都合がいいよう余計に伸びてしまっているところだけ切って整えてくれて、結果的に髪の毛はだんだんどんどん伸びてきているというあんばいである。すごいなあ。

そんなわけで涼しくなった襟足でふらふらと街へ出る。
台風クラブはものすごい勢いで吹きぬけていった。台風一過の青空というよりも、ぐるぐると大きな渦に巻きこまれて心をかき乱されたあとの呆然という感じではなかろうか。痛快も痛快だ。今年下北沢THREEではじめて目の前で観たときに、とにかくココ吉矢島さんに感謝したいと思ったのだった。あの日は5月だったのにべたべたに暑くて不思議な夜だった。新曲です、と披露された曲はアルバムに収録された『春は昔』。

台風クラブ/春は昔

歩き続けているとくたびれるので、西武へ入ってひとやすみ。週末はどこの店もいっぱいだけれど、昨日はカウンターに通してもらえて運がよかった。クリームソーダ、アイスがたくさんのっていてときめく。アイスで冷やされたソーダがしゃりしゃりとシャーベットになっておいしい。
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新宿は、誰かに会えそうで誰にも会えない街。
これだけたくさん人が歩いているのだから、学生時代の友達とか、会社の同僚とか、ひとりくらい会えそうなものなのに、誰にも会ったことはない。
学生のとき、卒業式のあとカラオケへいった帰り、細い路地で「またね~」と手を振って別れた友達に、それから1度も会っていないことを、折にふれて思い出す。彼女たちがいまどこでなにをしているのか、なにも知らない。彼女たちに手を振ったあのときまで、わたしたちはすくなくとも学生生活の記憶を一にしていたのに、踵をかえしたときから、もう彼女たちとわたしのなかに同じ記憶はつくられていかない。そんなことをわからずに、わたしは背をむけて歩きだしてしまった。
西武のカウンター席から往来を見おろす。知りあいは通らなかった。

渋谷へむかう。タワレコ5階のパイドパイパーハウスへ。
ちょうど『TIN PAN ALLEY メモラビリア』の展示があり、貴重なフライヤーなどをじっと見つめたりしたのだけれど、写真をとるのをわすれた。どれもいい匂いをたきしめていそうだった。
それから『はっぴいえんど』のカセットをみつけて、これもカセットがあるのかとおどろく。『風街ろまん』もあるみたい。
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はっぴいえんど 完全限定生産

はっぴいえんど 完全限定生産

風街ろまん 完全限定生産

風街ろまん 完全限定生産

最近カセットを聴く。子どものころ、風邪をひくと母が枕もとで偉人にまつわる物語のカセットをながしてくれた。ジェンナーが天然痘のワクチンを発明した、とか、キュリー夫人ノーベル賞をとったとか、そういう話。やわらかい女性の声と、よくひびく男性の声をおぼえている。しかしながら熱におかされた頭で長いあいだ聴いているうちに、だんだんと耳の奥でナレーターの声がぐわぐわとひびくようになって、こわくなってしまって以来、カセットは聴いていなかった。

それからもう20年あまり経っただろうか。Hi,how are you? 原田さんとシャムキャッツ夏目くんのライブで、COFFEE AND CASSETTESの森さんにお会いした。大貫妙子さんの『SUNSHOWER』はカセットで聴くのがいいですよ、と教えてもらって、ココ池で買って帰ったのがきっかけで、わたしはカセットを聴くようになった。
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久しぶりに聴いたカセットからでてくる音は、ぽこぽことかわいくて、あたたかかった。大人になって聴いてみると、カセットというのは、まるでラジカセのなかで歌っているような、この響きがよいのだな、と思った。そして、子どものころはこれがすこしこわかったのだということもわかった。

レコードを聴くようになってから、音楽にはいろいろな聴き方があるなと思うようになった。もっぱらiPhoneで聴くばかりだったけれど、レコードを聴くときにはスピーカーの前にすわって、部屋中に音が充満するのをたしかめながら、大きなジャケットをながめたり、歌詞カードをすみずみまでさわったりする。このことはほんとうにみずみずしくうれしくて、今でも新しくレコードを買うと、うきうきと針を落として、音が鳴るまでの空隙に息をとめる。

カセットは、部屋中に音がぶわーっと広がるというよりは、目の前で演奏しているかのようなこぢんまりさがかわいい。まずもってモノが手のひらサイズなのがかわいい。プレイヤーもメカメカしいのから丸っこくてかわいいのや、キャラクターものまであってかわいいし、操作方法もおおらかだ。ボタンをがっしゃんこ!と押してテープがきゅるきゅる回りだせば、半径1メートルの世界は、音楽にちゃぽんと浸かる。

カセットに目をむけるようになってからは、ひとつのアルバムをいろいろな媒体で聴くのがおもしろいなと思う。同じ曲の響き方を、CDとカセットで確かめたり、CDとレコードで聴きくらべたりする。カセット「で」聴くことがおもしろいなんて、しらなかった。カセットのよさに出会えてうれしい。

最近、森さんはカセットのほかにプレイヤーの販売もされていて、先日マリークワントの(森さん曰く)珍品、カセットウォークマンを買わせていただいた。
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届くやいなやめりめり開けたら、カーペンターズベストのカセットが入っていて感激した。山下達郎がすきですって言っただけなのに。柴田さんのライブでいつもカーペンターズのアルバムかかっているからずっとレコード屋さんで探していたけれど、たくさんありすぎてどれを買っていいかわからないから迷っていたのだ。それを知っていたのかと思うようなすばらしいチョイスで、秋田へむかって手をふった。
ご覧のとおりのすけすけで、マリクワのお花のマークがどんとデザインされた、マリクワこんなこともしてるのか的な逸品。うしうしと電池をいれて聴いてみたら、カレンの声がやさしく聴こえてきて、ごぼごぼ泣いてしまった。胸がいっぱいになった。

会わなくなった人たちとつむいできた記憶と、こうしてあたらしく出会う人と編んでいくこれからのことを想って、それでもまだわたしはかすみ目で、手を離したり結んだりして、今日もぼんやり歩いている。森さんありがとうございます、またお会いできたらうれしいです。