磨硝子日記

すりがらすのブログ

わたしを探して

家を出ると、病院のある北の方から、黒くて濃い雲が近づいてくるのがみえた。午後2時、蝉も鳴かない蒸し暑い道を、長袖のUVカットパーカを着て歩いていると、到着するころには額から汗が吹きだしてきた。

午後の婦人科は空いている。汗だくのまま、ひんやりとした診察室に入り、いつものように「お変わりないですか?」と聞く先生に、意を決して「いえ、お変わりあります」と冗談まじりにいいかけてみたが、わたしはとても悩んでいた。


初潮がきてから、生理周期というものがそれらしく存在したことがなく、数ヶ月生理がこないことも、ずっと出血が止まらないこともあったわたしは、20代のはじめから、多嚢胞性卵胞症候群による月経困難症を軽減するため、ピルを飲み続けている。もう10年ほどになるが、それがどうにも、この数年のあいだに、薬が体に合わなくなってきた。飲みはじめたころは、腹痛や気分の落ちこみ、肌荒れなど、月経前症候群PMS)がだいぶ軽減されたが、なぜか2年ほど前から、休薬期間のあたりで急激にだるくなったり、ほてりがでたり、汗が吹きだしてくることがあり、気分の不安定さもひどく、理由もなく涙がでるようなこともある。体を起こして仕事をするのが難しい日まででてきたのだった。最近では、体調があまりにも悪く、まるまる1週間ほど仕事がまともにできないこともあり、ついには依頼されていた資料についてほぼ何も手をつけられないということがあったので、男性の上司に服薬周期を伝え、出血のある期間には集中力を要する仕事が難しいことや、わたしの部下に仕事を分配して、自宅で休み休み仕事をやらせてほしいことを相談するまでになっていた。

そんな折に、隣のチームの部長が退職し、わたしはそのチームから部下を7人引き継ぐことが決まった。目下、新しい部下たちと面談をしながら、また1週間ずっと体調が戻らなかったら、迷惑をかける人が増えたら、と考えては、次に病院で薬をもらうときには、必ず不調のことを話さなくてはいけないと心に決めて、わたしはついに切りだした。

先生は「それは大変だ」と小さくいって、少し困った様子で、引き出しから資料を取りだして説明を始めた。ピルには一定期間薬を飲み続け、ある期間薬を飲まない(プラセボの錠剤を飲む)休薬期間というものが設定されているが、その休薬期間(その期間に、「生理」のような出血が起こる)に体調が悪くなるのであれば、休薬をしないタイプのピルに切り替えることで、体調が悪くなる頻度を、うまくいけば4分の1程度にまで減らせること、その薬はジェネリックがないので高額であること、わたしはこれまでにピルを服用するなかで何度か体調が悪くなり、別のピルに切り替えることをしてきたので、そもそもピル自体が体に合わないのではないかということ、そして、ピルが合わないとなると、正直にいって治療の選択肢は少なくなること。

それから先生は、ジェノゲストという薬に変えてみるのはどうかと提案してくれた。その名前を聞いて、わたしははっとした。
「間違っていたらあれなのですが、子宮内膜症の薬ですよね?」
ジェノゲストは子宮内膜症の治療薬で、偶然にも、新しい部下と面談をした際に、その薬を服用していること、副作用で体調が悪くなることがあることを聞いていたのだ。
ピルとは異なるメカニズムで月経困難症を軽減するが、ピルのようにある期日がきたらきっかりその日から出血が始まるのではなく、まったく出血のない人もいれば、不正出血が起こる人もいるのらしい。

病院にいく前に調べた情報では、最初に先生が提示してくれた、休薬期間のないピルに興味を持っていた。出血がないから、お腹が痛くなることも、頭が痛くなることもないし、ひどく体調を崩す頻度が減るとおもったのだ。しかし、価格がこれまでのピルの2倍程度ということと、この薬も体に合わない可能性があるということで、この際薬を変えて、ジェノゲストを服用してみることにした。まずは3週間分、1日2回、12時間ごとに飲む。副作用がでたら連絡し、今後の服用について相談する。


先生の暗号のような文字で書かれた説明のメモを持って、薬局で薬を受け取る。
「今回からお薬が変わっていますが、ご事情ありますか?」
丁寧に質問をしてくれる薬剤師さんに、ピルが合わないようで、こちらを試してみるという旨を伝える。目の前に、派手なオレンジ色のパッケージに入ったジェノゲストがだされた。「お大事になさってください」と見送られた時の声が耳のなかによく響き、胸がきゅっと締めつけられる。

薬局をでると、黒い雲はさらにこちらに近づいていた。雲を背にして、わたしはまだ青空の残る自宅のほうへ、力の抜けた足で向かう。マスクをつけたまま、日傘をさして歩きだすと、涙がこみあげてきて、誰にもみられないひとりの日陰のなかで、泣いた。マスクがびしょびしょに濡れるくらい、泣きながら歩いた。

どうしてこうなってしまったのだろう。いつも夜ふかししていることや、このごろ飲んだ冷たい飲み物がよくなかったのか。最近忙しいからと放っておかずに、もっと早く手を打てば他の方法があったのか。もとより、学生のころ、少しでも生理の不調があると気づいた時に、治療をしていればよかったのか。そもそも、月経困難症を治療するためにピルを飲みはじめたことについても、20歳くらいの年齢で、わたしの自力では生理を起こすのが難しいという事実を受けとめなければならないのはつらかったようにおもう(し、予定はないけれど、妊娠や出産を希望したら、それが難しいことは想像に難くなかった)。ピルを飲みはじめてからも、体に合わなければ薬を替え、それでも体調が悪くなりそうな時には仕事を減らして体を休めるように工夫し、ときには整体にいくこともあった。何度も体調が回復したとおもったけれど、それも束の間で、しばらくすると、体調は落ち着くどころかまたひどく悪くなってしまう。自分の体はもう、おもいつくかぎりに色々なことをしてみても、どうにもうまくコントロールすることのできない、できそこないということなのだろうか。もうこの調子の悪いわたし自体が、「わたし」であるということなのだろうか。そんなふうにはおもいたくないけれど、そうおもうしかないという諦めのようなものがじわじわとこみあげてきて、とてもみじめになった。

最近では、体の不調が「わたし」のとても大きな部分を占めてきていて、何をするにも体調を考えなければ計画が立てられないし、行動ができない。不調によって「わたし」の気分は変わり、時には心がささくれだって、いつもは言わないようなことまで言いだしてしまう。それでも、体の不調のせいで、「わたし」が変わってしまうわけにはいかない。「わたし」を変えたくない。「わたし」は「わたし」であるはずなのだと、調子が良いときの「わたし」を目指してしまうために、余計につらくなる。

先日、Netflixで観た『夜明けのすべて』には、上白石萌音演じる、PMSと共に生きる女性が登場する。PMSの症状はほんとうに人それぞれだけれど、体調が悪い日には部屋着姿でだるそうに寝転がって休む姿、足湯をして体を温める工夫をしていること、喫茶店ではコーヒーではなくルイボスティーを注文し、体を冷やすカフェインを避けていること、部屋にはPMSについての本が置いてあり、自分なりに勉強もしていること、それでも生理前になると人目を憚らず取り乱し、時には他者を傷つけたり、調子の良いときならするはずのない失敗をすること。繊細かつまじめな性格ゆえに、周りに迷惑をかけまいと、体の不調をなんとか解決しようとする姿や、その心の機微は、程度の差こそあれ、まるで鏡写しのようだとおもえるほどだった。
映画を観終わって数日後に、新しい部下たちとの面談をした。わたしに体の不調があること、前任の上司が男性で話しにくいことも考えて、わたしのことを話したうえで、体の不調や生理の悩みがないかなどをたずねていると、先ほどのジェノゲストを服用しているという部下とは別に、ピルを飲んでいるというメンバーが2人いた。これまでピルを飲んでいる人には時々出会うことがあったが、映画を観た後だったこともあり、この人もまた、わたしとは少し別のかたちで、不調にあらゆる手を打ち、あるいは不調にあえなく打ちのめされ、不調のある自分が「わたし」になっていくことの受け入れがたさや、「不調なわたし」と他者との関わり方、他者からの受け取られ方、そして不調とともにある「わたし」はこれからどうあるべきなのかを、きっとひとりで考えているのだろうかと、いっそう、おもわずにはいられなかった。


来週から新しい薬を飲みはじめて、体調を観察することになっているけれど、そうしながらわたしは、仕事をし、すきな本を読んで、すきな曲を聴き、すきなものを食べて生きていくだろう。これは「わたし」なのだと信じながら、大きくふくらんだりへこんだりして形を変えていく輪郭を、力ずくでつかんでとどめておくことは、もうできない。そのさみしさとともに、わたしはその時々の「わたし」をとらえては、これが「わたし」なのだとおもえる日を待ちわびている。