磨硝子日記

すりがらすのブログ

日記 2026/7/7 出勤

旅が終わった次の日は必ず、昨日の今ごろはどこにいただろうと考える。駅からオフィスに向かう横断歩道を渡りながら、梅田のホテルでメイクをしていただろうなとおもい返す。いつからか特別なことをした後もすぐに日常に戻れるようになって、それが少しさみしい。

日記 2026/7/6 大阪旅行の記録

ホテルを出ると雨だった。旅行のあいだ、ずっと雨が降っているのは初めてだった。普段はどちらかといえば晴れ女で、行く先々で運良く雨が止むことだってあるのに。前の日に行けなかった喫茶サンシャインに行こうかともおもったけれど、目が覚めたら9時だったので断念した。他にも、京都に寄ってから帰ろうかとか、色々考えることはあったのだけれど、予想以上に疲れていたので、真っ直ぐ新大阪駅へ向かい、2時間半ほど早い新幹線に繰り上げることにした。

新幹線を少しだけ待つあいだ、新大阪駅でお土産を探していると、見慣れた看板が目に入った。りくろーおじさんだ。誰もがしっているスフレチーズケーキの店だけれど、YouTubeでアップルパイがおいしいと聞いて、むしろそちらが気になっていたので、わたしは焼きたてのチーズケーキを待つ人たちの列に並び、今まさにほかほかぷるぷるのケーキが焼き上がったのを横目に、アップルパイハーフサイズを買った。座席につくなり箱を開けると、つやつやとしたパイの奥に大きく切られたりんごが見えて、おもわずどきどきした。おなかが空いていたし、ここ数日はタンパク質に気をつけて食事をしていたので、甘くてカロリーの高いものが口に入ると、脳髄に突き刺さるような衝撃が走るおいしさだった。京都駅に着く前に食べ終わり、それからU-NEXTで配信開始された、トッケビキャストによる10周年ドキュメンタリーを見た。ああなんて温かくて愛らしい表情の人たちなのだろう。10年の時が紡いだ確かな今を見つめながら、旅先と日常のあわいを進んで、2話見終わるころには東京に到着した。

日記 2026/7/5 大阪旅行の記録 - DONGHAE 1ST SOLO CONCERT TOUR [ALIVE] IN JAPAN 2日目

梅田にある喫茶サンシャインで朝食を食べようと心に決めていた。以前ホットケーキを食べてとてもおいしかったから、次はサンドイッチを食べたいとおもっていたのだ。でも起きられなかった。9時前になると並んでしまうという口コミを見て、家から持ってきていたプロテインドリンクを飲んで出かけることにした。ビジネスホテルというものには、メイクをするのにちょうどいい照明が部屋のどこにもついていない。明るさはぼんやり暗いか逆にまぶしすぎるかで、色味は真っ白だったり黄色っぽかったりして、化粧品を肌に載せたときの色味や濃さがわかりにくいのだ。花柄のスカートに合わせようと、まだ使い慣れていないtip toeのピンク色のアイシャドウを、どのくらいの濃さで塗れているのかわからないまま、勘で塗り広げていく。外は昨日よりも雨が降っていた。

この日はドンへのコンサート2日目だったのだけれど、その前に行きたいところがあった。
ひとつめは、あべのハルカス美術館でやっている『ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち』という展示だ。雨が降っているのにも関わらず展望台もそこそこ混んでいる。西洋美術のなかで、わたしは特段ゴッホには興味がないのだけれど、「印象派の画家たち」にくくられたモネ、マネ、ルノワール、シスレー、ブーダンなど、著名な画家の絵がたくさんやってきていたので、とても見応えがあった。特に空の画家ともいわれるブーダンの絵は、いつ見ても、画面からこちらに向かって爽やかな潮風が吹いてくるようで、髪や服が風になびくような心地さえする。柔らかな雲がゆっくりと形を変えて流れていくような様子を想像すると、このまま絵の中の世界へ行ってしばらく同じ風を浴びてゆっくりしたいという気もちにさえなる。それから印象派に続くスーラ、セザンヌ、ゴーガン、マティスの作品もあり、なかなか見られないような豪華なラインナップだったとおもう。展示品を所蔵しているヴァルラフ=リヒャルツ美術館は改修工事のタイミングらしく、メトロポリタン美術館やポンピドゥー・センターしかり、工事中に所蔵品を貸し出してくれるおかげで、日本にいながら名画を楽しめてありがたい。

次に向かったのは、中之島美術館。ここでコンサートの開演前まで『スイス絵画の異彩 カール・ヴァルザー』という展示を見た。こちらは初めて見る画家だったのだけれど、出品作すべてが日本初公開、再評価が始まったばかりの画家ということだった。日本で公開されるにあたって鑑賞者が気になるような話題として、ヴァルザーは明治時代の日本に長期滞在をして、京都の宮津市をはじめ、日本で見聞きした風俗を絵に描き残しているということがある。ちなみになぜ日本にやってきたのかという話が展示室の解説に書いてあったのだけれど、これがなかなか、静かな展示室で読むには目を疑っておもわず声が出てしまいそうな話である。ある時ヴァルザーが浮気をしたことが発覚し、それを悲しんだ恋人が目の前で自死をしてからというもの、ヴァルザーは鬱を患ってしまった。それを見かねた知人が、心を癒すために日本旅行へ連れ出したのだということだ。明治期の日本を洋画の遠近法や陰影技法を取り入れた高度な技術で描いている貴重な作品を多く残した画家でありながら、そのような作品が生まれたのも、元を正せば恋人を傷つけたことが始まりで、恋人が命と引き換えに表明した悲しみを背負いきることもできずに、日本で傷心を癒していたのだろうかとおもうと、なかなか絵の見え方も変わってくるものである。吹き抜けの上のほうから長いエスカレーターでゆっくりと降りるあいだ、静かでひんやりと涼しい美術館の空気を感じていた。いつ来ても仄暗くてしんと冷たい空気が充満しているこのフロアは、来月のフェルメール展でついぞ騒がしくなるのだろうか。そんなことをおもいながら外へ出ると、大雨だった。

白いシアーハイソックスの足首を濡らしながらグランキューブ大阪に到着すると、昨日と同じくスムーズに入場でき、座席まで止まらずに移動することができた。昨日よりも3列ステージ側に前進し、確かにはっきりステージが見えるような気がした。昨日のステージで印象的だったシーンをおもいだしながら、今日も同じように見られるだろうか、それとも別のことをするだろうかと考えているうち、すぐに開演時間になった。
1日目はとにかくドンへの体調が心配で、正直なところ冒頭の数曲はあまり手放しに楽しめる心もちではなかったのだけれど、この日は『RACE』で登場したときから、何となく昨日よりも調子が良さそうに見えたのは、わたしの気の持ちようだろうか。今日もとにかく最後までドンへがおもうように体が動きますようにと願いながら、それでもやっぱり昨日よりは軽やかに見える足取りで踊るドンへを見て、やっと応援の声にも力を入れられるようになってきた。
バンドメンバー紹介を兼ねたMCのコーナーでは、予定外に長く話してしまったようで、1日目にあったバンドメンバーによる自己紹介演奏はなかったものの、雨の降るこの日に会う曲としてドンへも朝聴いていたという、中島美嘉の『雪の華』インストバージョンの演奏があった。この曲が韓国で大流行りだということはしっていたけれど、日本のファンのためにほとんど即興でアレンジを考えて演奏してくれたのだろうとおもうと、ミュージシャンのしなやかな対応力と、世界中のファンを喜ばせるドンへのおもいやりの心をほんとうにありがたく感じた。

2日目のMCで印象的だったのは、ドンへがSUPER JUNIORの年長メンバーから「人は歳をとると人生の記憶で生きていく」と教えてもらい、今ではほんとうにその通りだとおもうと話していたくだりだ。わたし自身も、これまで出会った人や起こった出来事が積み重なり、そのときどきの感情を抱えて生きてきたという実感があるので、ドンへがその体験や感覚を言葉にして共有してくれたことや、そういう人生の味わいについて分かち合える機会を作ってくれたことがうれしかった。
このコンサートを見に大阪へ行ったことも、ドンへの腰が痛みませんようにと祈りながらステージを見守ったことも、ドンへが玉のごとく清らかで、それでいて強い決意をMCで語ってくれたことも、きっと記憶に重なっていって、いつでも覚えていたり、忘れたり、またおもいだしたりするだろう。大切で幸せなことは、その記憶の束のなかにドンへがいるということだ。やさしくて、仲間や家族やファンを大切にして、周りの人たちを幸せにするために愛を注ぐことができて、時には頑張りすぎてしまうほどまじめで利他の人、ドンへ。昨年の夏に図らずも出会ったドンへが、わたしの記憶の一部になって、これからの人生を編んでいっているということだ。このコンサートツアーの記憶が、人生のうちにいくつか差しこんである、よく目立つしおりになるのではないか。そんな気さえしている。

会場から大阪駅に向かいながら、コンサート中にしていた応援の掛け声についておもいだしていた。大きな声で「이!동!해!」と叫ぶたび、わたしはいつも、口の中に残る感覚を反芻する。イ・ドン・へという柔らかくも弾力のある響き、それはすきな人の名前だということ。この強烈な事実に、いつでも何度でも新鮮に驚くのだ。大きな声で名前を呼んで応援したい人、이동해。おもえば自分の名前でもないのに、ハングルで名前のつづりを練習し、正しく迷いなくつづれるようになったときも、うれしかったようにおもう。名前を呼ぶたび、つづるたびに、わたしはこの人の存在を確かに認めて、信じて、どうか幸せであってほしいと願っているのだ。

ルクアのレストランフロアに向かい、牛カツの店で夕食を食べた。5月のK-Style Partyの公演後、AUSPICIOUSのメンバーが牛カツを食べている様子をInstagramにアップしていたので、韓国の方に人気なのだろうなとおもっていたのだけれど、見事なまでに韓国からの観光客らしきお客さんしかいなかった。右側のカップルは明日のチェックアウト後の動き方について相談し、左の女の子たちは買って帰りたいさつまいもチップスの話をしていた。わたしはカバンからすばやくトレカを取りだし、牛カツと一緒に撮影した。食べ物もドンへのトレカも全然盛れていない写真が撮れた。写真を撮るのが超絶に下手くそなのだ。それでも、撮り直してより良いものが撮れるともおもえず、諦めた。陶板の上のカツに火を通しながら、明日は新幹線に乗るまで何をしようかなどと考えていたのだけれど、食べ終わってルクアを出たらまだ雨が降り続いていて、計画を立てるのも億劫になってしまった。朝食にするために、忘れずにオイコスとタンパク質が取れるサラダを買って、ホテルに戻った。

日記 2026/7/4 大阪旅行の記録 -DONGHAE 1ST SOLO CONCERT TOUR [ALIVE] IN JAPAN 1日目

指折り数えて楽しみにしていた日にとうとうたどりついた。だいすきなドンヘのソロコンサートの日だ。前の日に遅くまで仕事の予定が入って、本当は金曜のうちに大阪に前乗りするつもりが、土曜の午前に移動することになった。急な予定変更で少し慌てたけれど、それなりに眠って、落ち着いて準備をしてから家を出てきたので、結果的にはよかったのかもしれないとおもう。いつものとおりグランスタのメルヘンに向かうと、土曜の午前だったからかケースの3分の1くらいが空いていて、Instagramで見て気になっていたスパイシータコスミートサンドと、いちじくクリームサンドは売っていなかった。代わりに同じくらい気になっていた抹茶クリームのサンドなどを買って新幹線に乗る。行きはYouTubeで、シンドンとウニョクが北京のユニバーサルスタジオに行く動画を見ていた。二人のリラックスした様子を見ていると、一気に気もちがゆるむ。前日の仕事の後味を反芻して気もちが沈んでいたので、この動画の明るさと気楽さがとてもありがたかった。
天気予報は帰りの日までずっと雨だった。梅田駅の近くのホテルへ向かうと、地上に出るなりやや強い雨に見舞われて、コンサートを楽しみにおもううきうきとした気もちに文字どおりの冷や水を浴びせられたような心地だった。チェックインしてから一休みして、広い梅田駅の構内を慎重に歩き、なんとか会場へ到着した(今回の旅行で、だいぶ大阪・梅田駅の構造や路線を理解したような気がしている)。

会場は、雨だからか、それともグッズの事前販売が功を奏したからか、驚くほど混雑が少なくて快適だった。座席は1階のCブロック2列目。真ん中よりは後ろだけれど十分に目視でステージが見える、良い席だった。これまでドンへのセンイルパーティは2階、ウニョクのファンコンサートは3階、ベルーナドームは2日ともスタンドのステージが見切れる席だったし、今回もアプグレ抽選にはことごとく外れてしまったので、座席にはあまり期待しないでおこうとおもっていたけれど、大阪に行く直前に、推し活のチケット運、座席運が良くなるとゲン担ぎアイテムになっているビッグカツを買って、どうか今回こそは少しでも前に、できれば1階にと、懲りずに祈っていたら、なんともありがたく1階だったのでうれしかった。

この日は開演前から、うきうきと楽しみにする気もちと、それからずんとのしかかるような心配が、胸のなかで混ざりながらぐるぐると練り上げられていた。先週の香港公演中に、ドンへは持病のヘルニアが悪化して、膝から崩れ落ちるようにして倒れてしまったのだ。SNSを見ている限りでは治療を受けたと言っていたけれど、ヘルニアはふつう数ヶ月から数年かけて治すものだし、ドンへのヘルニア歴はもう何年にも及ぶものだろうから、1週間で再びステージに立ち踊るのだろうかとおもうと、どうか無理に踊らないでほしいとおもわざるをえなかった。公演前にドンへの体調や動きの制限についてアナウンスがあるだろうかとおもっていたけれど、結局何のおしらせが出ることもなく、これは、やるつもりなのだなとおもった。今日、わたしはドンへのかっこいいダンスを楽しみにして来ているけれど、ドンへがまた痛くて苦しく、悔しいおもいをするなら、踊らなくてもいい。でも、今日のドンへのダンスが見たい人もいる。そして何より、心配しているとはいうけれど、ドンへがこういう時に、自分の体に火をつけて、命を燃やしながら輝く人だということもしっているから、ああ、やっぱりやるんだな、とおもった。VCRが終わり、『RACE』のイントロが流れ、しなやかに腕を伸ばして踊り始めたとき、そのおもいは確信になった。ドンへの覚悟を目の当たりにして、胸がいっぱいになった。

正直なところ、『Go High』『California Love』とダンスが続き、また今日の公演中に腰を痛めてしまうのではないかと、気が気ではなくて楽しめなかった。素人目に見ても腰をかばいながら控えめに踊っているのが分かったし、ドンへ自身もその後のMCで、体調が良くないと正直に話すので、ここまでドンへが弱気なことをファンの前で話すくらいなら、本当に公演をすることへの不安が大きいのかもしれないとおもった。それでも、MC中には「최선을 다하다(最善を尽くす)」という表現を2回使って、今日の決意を話してくれたので、ドンへのおもいの強さに震えながら、わたしも楽しんで応援しようとおもうことができた。

今回の公演で印象に残ったのは、バンドアレンジだ。SNSでこれまでのツアーの様子を見ていると、バンド演奏があるようだったので、ドンへならきっと音源にはない特別な演出を考えているのだろうと楽しみにしていたのだけれど、特に中盤で『머리부터 발끝까지』『GGB』とおなじみの曲が新しいアレンジで披露されて、心の底から感動した。『머발』はブラスバンドの響きと力強いドラムが足されることで、もともとの軽やかで爽やかな明るい雰囲気に、はつらつとした強さが加わって、華やかで踊りたくなるような曲に変貌を遂げていた。『GGB』は冒頭のカッティングギターをバンドメンバーが弾いていたので生演奏なのだということにまず驚き、途中でもキーボードのきらきらとしたフレーズがさしこまれていてとてもときめいた。わたしのようにまだ何度かしかコンサートに行ったことがなくても、ほとんど毎回聴いている定番の曲だからこそ、バンドの演奏によって新しい表情を見られたのが素晴らしかった。

MCでは人生150年時代だから健康に生きないとと、いつものように話しながら、みなさんと僕のこれからがどうなるのかとても気になりますね、というようなことを言っていた。気になるという表現を「궁금하다」と言っていたのがうれしかった。「궁금하다」には興味があって気になる、しりたいというニュアンスがあるから、長く生きた先にある未来を見てみたいという、ドンへの前向きな好奇心のようなものを感じたのだ。わたしもそんな未来をしりたい。ドンへの言葉を聴いていると、いつも明るくて幸せな未来を純粋に信じているのだなとおもう。決してそうではない過去だってあっただろうし、そして体調を崩している今だって経験しているのに。そんなふうにいつでも、良くなるはずだと信じる強さに、揺るがない人だとしみじみ驚かされる。何かと落ちこんだり、気に病んでしまうわたしにとって、ドンへがいつでも良くなるはずの今日、幸せになるはずの未来を見つめていること、そして決して楽しくはなかったけれど良い今日や未来につながるために必要だった過去を認めて、励ましてくれることが、毎日を生きるうえで心強い助けになっているので、本当に感謝しているし、こういう人に生きているあいだに出会えたのは特別なことだとおもう。アンコールの『HBD』で客席に降りてきて、目の前の通路を通ってくれたときには、ビッグカツを買っておいて本当に良かったとおもった。

終わった後は歩いてホテルまで戻ることにした。川沿いの夜景がきれいで写真に撮ったのも束の間、やっぱりドンへの体調が本調子ではないのが気がかりで、胸にずしっと重くのしかかるものがどいてくれない。何だか食欲もあまりなくて、大阪駅のセブンイレブンでタンパク質がとれるサラダと砂肝のポン酢和えを買う。わたしはタンベギだから。

日記 2026/7/3 眠るまでの話

朝早くから夜遅くまで現場にいた日だった。細々とした先送りにしていたことが片付いた一方で、いくつも胸につっかえるようなことがあって、湯船のなかで泣いた。声が出るほど泣いたのは久しぶりだった。くやしいようなはずかしいような、それでも明日は休みでひとまず気がゆるむような、似ていない気もちどうしがどうにも切り分けられず練りこまれて、ひとつの大きな得体のしれないかたまりに育ってしまっている。髪を乾かして、ほとんど無心でパッキングをして、2時に眠った。

日記 2026/7/2 大きなどら焼き

帰りがけ、同僚からどら焼きをもらった。彼女は後ろから静かに近づいてきて、今しがたコンビニで買ったばかりのような、透明のパッケージに入った大きなどら焼きをデスクに置きながら、もらったんだけどわたし食べないので、いつもお世話になっているので、と控えめに言ってから退勤して行った。どら焼きは大好きなので、嬉しかった。同時に驚いて、何かこの人にお礼を言われるような借りがあったっけなどと考えを巡らせたのだが、ほどなくして、どうしてそうなったのかぴんと来たのだった。その瞬間、彼女がわたしに気を配ってくれて、ちょっと不器用かつ義理堅くねぎらってくれたのかもしれないとおもうと、どら焼きも大事に食べなければという気もちになった。こんなことは初めてだったので書き残しておく。

日記 2026/7/1 わたしを変えなければ

今の会社に入って6ヶ月、これまでの会社にいたときと同じような様子で忙しくなり、気づいたことがある。わたしがいつも忙しく働くのは、環境のせいだけでなく、自分の仕事の引き受け方と進め方と片付け方、そしてそれを捉えて仕事とそれ以外の時間にきっぱりと線を引くような頭の切り替え方の問題なのだということだ。だから、会社を変えてもいつでも忙しいのだ。課題はここにありそうだ。だからこれからは、どうすれば自分の集中力と体力がもつ範疇で仕事を引き受け、いかに手数あるいは負担が少ない進め方をし、完遂していくかを考えて、自分を鍛える必要がある。そのための身のこなしを考えなければならない。そんな気がしている。