磨硝子日記

すりがらすのブログ

日記 2026/4/17 光る目を見つめて

リ・ファンデと原田美桜さんのライブを観に行った。原田さんは猫戦としての活動を見ていて、曲もだいすきだったのだけれど、実際にライブで観ると、想像以上にチャーミングな方でほんとうにかわいらしかった。金曜の夜に集まった観客はみんな原田さんの甘いウィスパーボイスに包まれて、1週間の疲れを癒したに違いない。リ・ファンデのアコースティックライブは久しぶりに観たけれど、年を重ねるごとにいい感じになっている、なんだか肩の力どころか、色々な余計な力やこわばりが取れて、おだやかな顔になって、優しい声になっているような気がする。何度ライブを重ねても、聞いているこちらがひやひやするようなオチのないMCと、その端々に垣間見える彼の日常を素早く切り取るまなざし、その記憶をためておいて目の前の人に話せる心の開き方、どれをとっても変わらずにあるリーくんの魅力だとおもう。アンコールのセッション、岡村靖幸の『だいすき』は愛らしいふたりによく似合うとおもった。BGMはフィッシュマンズ、最後は『ナイトクルージング』を歌い、原田さんが「たゆたいます」と話したとおり、ふたりはあたたかい光のなかに浮かんでゆれていた。

日記 2026/4/16 買取業者に服を売るときに読むエントリー

週末に買取サイトに送った服の査定が来て、30点で4500円になった。会社で着ていた服がほとんどで高い服はないけれど、どでかい段ボールにぎゅうぎゅうに詰めて送ったものがこれだけなのかという気もちがうっすらと浮かんできた。それでも近所の中古買取店に服を売ったときよりも値段のつく服が多くて、ありがたいような気もする。もう着ないとおもってポイポイと段ボールに詰めた服も、いざ一着200円ですといわれると、もう少し値段がついてもいいのではないかともおもうし、これを着てあんな商談にも行ったし、あのときも着たし、朝起きて服を選ぶのが面倒なときはだいたいこれを手に取ったしなどとおもいかえすと、そのぶん評価が上がってくれてもいいのになんてことが頭をよぎらないでもない。それでも捨ててしまえば0円だったわけで、やっぱりこれはありがとうとおもうほうが自然で健康的だ。また服を整理したいとおもったら、この逡巡をおもいだせるように、書いておく。

日記 2026/4/14 まず話さなければ

戦争が終わらない。終えようとしていないように見える。そうであっては悲しいけれど、残念ながら長引いている。その間に、たくさんの命が傷ついて、涙を流しているとおもうと、戦争を始める者はいつの時代も、快適な部屋で変わらない生活を送りながら、離れた場所のことは何も見えていないのだとおもう。悲しくてやるせない。やりきれなくて腹が立つ。ここはまだ戦場ではないにせよ、原油の輸送が止まってしまったことで、ここ数日でまた局面も変わってきたように見える。そもそも景気が悪くて物価が高かったのに、さらにあらゆるものが高くなったり、そもそも手に入らなくなるかもしれないという心配が、はじめは頭の片隅にあったはずが、だんだんと色濃く、生活のシーンにフィルターをかけたように覆い被さってきて、いよいよ世界は悪くなってしまうのだろうかと憂いている。その傍らで、変わらずに楽しく穏やかな時間も流れていて、ああ、こんなに良い日なのだから、戦争のことや物価高のこと、日本の世の中がおかしなほうへどんどん突っ走っていくことなんて考えたくないのに。わたしが今すぐ、直接解決できることはないけれど、今はなんだかどう考えてもおかしいのだと、不安なのだと考え続け、目を背けず耳を塞がず誰かと話すこと、そこから始めなければ。そうおもいながらブログを書いている。

日記 2026/4/13 はやく眠ろう

昨晩は何度も目が覚めて、眠った心地がしなかった。なぜだろう、コンサートを観に行って頭が冴えてしまったのか。それとも、日中もなんとなく頭がぼんやりとして生あくびばかり出ていたから、気圧の変化を感じていたのか。どちらにしてもあまり調子が良くないことは確かで、なんだか落ち着かない。今日は早く横になることにする。イトゥクとヒチョルのユニットのツアー日程が発表されて、ベルーナドームで出会ったヒチョルがだいすきな女性のことをおもいだした。あの方がもし行きたいとおもっているなら、コンサートのチケットが当たりますように。

日記 2026/4/12 2026 EUNHYUK FANCON be:WARE OF THE RABBIT

ウニョクのファンコンサートを観に行った。会場に着いてみるとステージが想像よりもずっと近くて、これに当選できたのは本当に運がいいとおもった。このあいだ韓国で開催されたコンサートも配信で観ていたので、どんな内容なのか気になっていたけれど、日本リリースの曲や、日本で流行っている曲のダンスチャレンジなどもあって、こんなに忙しいなかコンテンツを準備してくれたことを本当にありがたくおもった。個人的に、中間のクッキーを作るVCRが2度観ても面白かった(先日D&EのYouTubeにアップされたトッククを作る動画がすきなわたしにはハマる内容だった)。やりすぎなほどに動画に山場を作ろうと盛り上げるウニョクがまぶしい。そして、なんといってもウニョクのダンスはうつくしい。遠くから見てもそうだけれど、肉眼でしっかり見えるくらいの距離だとなおさら、指先や視線の動かし方、汗が額から頬へ流れる様子までも計算し尽くされているかのようで見惚れてしまう。伸びやかでキレがあり、いつ見ても同じ角度、同じ速さ、同じ長さを保っていて、それでいて今日もまた今日ですばらしかったという新鮮な喜びを感じさせてくれる。ウニョクのソロ曲ですきなのは『be』と『Red Muhly』で、今日はずっと見てみたいと願っていた『be』を見ることができた。タイトなリズムの曲に、しなやかでエレガントな柔らかさのある、コンテンポラリーなダンスを組み合わせたMVがだいすきなのだけれど、それを再現したようなAUSPICIAOUSのダンサーたちとの群舞は、わたしにとってハイライトシーンだった。帰りにもらった、にんじんを抱えたうさぎのクッキーを見つめながら、これはただのクッキーではなくて、ウニョクが一生懸命作ったクッキー、とVCRをおもいだすと、愛おしくてたまらなくなった。今年はドンへのソロデビューのあとにD&Eの15周年があって本当に楽しみだ。また来月K-Style Partyでコンサートがあるので、その日を指折り数えて待ちたいとおもう。

日記 2026/4/11 日記

このブログを始めてから9年ほど経つのだけれど、こまめに更新していたのは最初の2年くらいで、そのあとはだんだんと更新頻度が落ちていき、ここ数年は年間で数本とかそういう頻度で書いていたので、もう日記とついたブログも文字どおり名ばかりという感じであった。それが今年の1月に、ふと書けるとおもって、毎日1本書くことにした。転職活動を終えて休暇を取っていた時期で、とにかく体が楽で健康だと感じられたのと、気もちのうえでも物事を自然に呼吸をするようなペースで考えられるような余裕があったので、本を読むのが捗り、そうなると文章を書けるような気になったのだ。わたしが心がけたのは、とにかく短くてもいいので更新を続けることだ。今日はこれを絶対に書きたいというようなことがあれば最高なのだけれど、編集画面を開いて朝からの出来事を順におもいだしていっても、これといって書いてみて自分が楽しくなさそうで、それをわざわざ書いたとしても、読み返しておもいだすまでもないというような、平凡な記憶のかけらばかりが並ぶこともあるので、めぼしい話題がない日は、指を動かして走ったぶんだけ書いて寝ることにした。何度か次の日に持ち越すこともあったけれどそれでも遅れを取り戻しながら続けて、昨日でちょうど100記事書いた。これは我ながら快挙である。1月の初めのころは時間もたっぷりあったのでしっかり推敲したり話題を選んだ形跡もあるけれど、最近はもっぱら、息を止めて水の中に潜っていられる時間だけで一気に書いたような、謎のフロウを帯びたエントリーもあって、どちらもそのときどきのわたしが書いたのだなとおもう。誰かが読むことばかりを意識して書いているわけではなくて、これはブログを始めた当初から心がけていることではあれど、これだけは広まって伝わってほしいとしっかり内容を練って書くとPV数はまったく伸びず、反対に走り書いたようでまとまりがなく何を言いたいと意図したわけでもないような場合に、はてなブログのトップページに掲載されてしまい、無防備な文章が多くの人に見られるという気恥ずかしさを感じることもあって、広場の片隅でひとりごとを言っているようなつもりでありながら、ときどきわたしのまわりに広場にいたたくさんの人が集まってくるような感覚もあるので、インターネットのなかにあるブログとは、そういう予期せぬ流動的な人の動きを囲っている場所なのだなあとおもう。この100記事をまとめて配ったりするということも考えたのだけれどやるだろうか。まだわからないけれど、きっとまた明日も書く。